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【アラベスク】  第8章 荊の城



第1節 女王様 [3]




 華恩から少し離れた席に、他の女子生徒と同じように鋭い視線を緩へ向ける二年生が座っている。次期生徒会の副会長候補と言われている少女。華恩のお気に入り。家柄も申し分なく、この場に居ても何の違和感もない。
 だが緩は違う。緩の家はただの個人事務所。唐渓という世界の中で、本来彼女は低レベル層の人間として扱われるはず。華恩の存在がなければ、間違いなく緩は肩身の狭い学校生活を送っているはずだ。
 唐渓での常識を考えれば、同じ立場でありながら何の苦もなく楽しげに学校生活を送っている聡が異常であり、家柄ゆえに権力に媚びる緩の方が当たり前なのだ。
 今の緩には、華恩の存在は必須。そして、その力はいずれ華恩の後輩へ引き継がれる。
 生徒会役員は選挙で決まるが、それは建前。ほとんどが前役員の推薦で決まる。前役員の推薦を受けた者だけが立候補し、だから立候補者はそれぞれの役に一人しか出ない。
 もちろん、推薦無しで立候補する事もできようが、そのような者に投票する生徒などどれほどいるのか。惨敗するのは目に見えている。そしてそのような生徒は、新しく発足した生徒会に盾突いた存在として…
 逆に、生徒会に擦り寄っていれば身の上は安全だ。次期副会長候補の少女とはそれほど親しい間柄ではないが、見知らぬ存在でもない。こうやって顔を合わせ、言葉を交わす事もある。
 彼女が副会長になった後も、卒業するまでは華恩の存在は副会長へ影響する。華恩の恩恵を受けていれば、新副会長は緩を邪険に扱う事はできないし、緩としても二年生が副会長の役割を引き継いだ時点で、忠誠を徐々に彼女へシフトするつもりでもいる。
 だがもし今ここで華恩の信頼を失ってしまえば、この副会長室から追い出されてしまえば、唐渓での後ろ盾を失う事になる。それはどうしても避けたい。
「緩さん、あと一ヶ月でどうするおつもり?」
 あと一ヶ月……
 華恩の言葉が、呪文のようにガンガンと頭に響く。
 あと一ヶ月―――
 言葉がまるでフワフワと周囲を浮遊しているかのようで、軽い目眩すら覚えた時だった。
 控えめだが、遠慮のない音。
 開けられた扉から、細い瞳が呆れている。
「相変わらず騒々しいな」
 一斉に向けられた視線を構う様子もなく、大股で入ってくる男子生徒。
 だが、誰も咎める者はいない。それどころか、一部の生徒は軽く頭を下げもする。
「なんだ? ずいぶんと恐ろしい顔をしてるじゃないか。せっかくの化粧が台無しだぜ。華恩」
「余計なお世話だわ」
 (なじ)られて言い返すが、呼び捨ては(とが)めない。
 相手は華恩の言葉にすばやく眉を上げ、ゆっくりと室内を見渡す。
「なんだよ? 朝から猫の集会か? 猫ってな、夜集まるもんだろ?」
「ねっ 猫とはなによっ」
「そうやって、目ぇ吊り上げてるからだよ」
 ピッと伸ばされた人差し指に言葉を詰まらせる華恩。
「あなたこそなによ? 英国帰りが何かご用?」
 言いながら、脇の一人を肘で突く。
 相手は慌てて立ち上がり、男子生徒に席を譲る。
 すかさず別の生徒が声を掛ける。
「コーヒーでよろしいですか? 小童谷(ひじや)先輩」
 問われて小童谷は相手を振り仰ぎ、小さく頷く。
 その、それほど大げさではないがどことなく華やかな笑顔に、女子生徒の頬が紅潮する。必死に()えることができたのは、華恩の視線があったから。
 そんな少女に品良く苦笑し、小童谷陽翔(はると)が口を開く。
「で? あんな可愛いらしい一年生が、何をやらかしたって言うんだ?」







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